よく議論になるソフトウェア開発におけるドキュメントの必要性について考えてみます。
ドキュメントは手段であり、目的ではない
まず大前提ですが、ソフトウェア開発において、ドキュメントはあくまで「手段」であり、「目的」ではありません。
最終的な目標は、動作するソフトウェアを生み出し、ユーザーに価値を提供することです。
仮に、ドキュメント作成自体が目的化してしまうと、開発現場の柔軟性やスピードが損なわれる恐れがあるため、あくまで補佐的な役割として捉える必要があります。
ドキュメントが果たすべき役割と直面する課題
適切なドキュメントは、プロジェクトの背景や意思決定の根拠を後から振り返るための重要な資料です。主な役割として、以下の点が挙げられます。
- 意思決定の透明性
どのような経緯で技術選定や設計が決定されたのかを記録することで、後の仕様変更や改善の際の指針となる -
チーム内の情報共有
新たなメンバーがプロジェクトに参加した際、過去の議論や決定事項を容易に参照できるようにすることで、スムーズなオンボーディングが実現できる -
将来のメンテナンス支援
時間が経過しても「なぜこの実装になったのか」を理解するための手掛かりとなり、正しい判断をサポートできる
一方で、ドキュメントにはメンテナンス不足による陳腐化や、情報の散在による検索性の低下といった課題も存在します。
- 定期的なレビューや更新が行われない場合、古い情報が残り、現状と乖離する
- 情報が分散して記録されると、必要な情報を素早く検索・参照するのが困難になり、結果として意思決定の根拠としての価値が薄れる
効果的なドキュメント手法とその具体例
現場で実践される各ドキュメント手法には、それぞれメリットとデメリットがあります。
1. アーキテクチャ決定記録(ADR)
ADRは、システムの重要な意思決定とその背景・根拠を記録するためのフォーマットです。 概ね以下のような構成がよく見られます。
- タイトル
意思決定の内容を端的に示す - ステータス
決定済み、検討中、却下などの状態 - 背景(Context)
意思決定に至る経緯や前提条件 - 決定(Decision)
実際に採用された解決策や選択肢 - 影響(Consequences)
決定による影響や今後の見通し
たとえば、あるプロジェクトで「新たなキャッシュ戦略を採用する」という決定があった場合、ADRに記録しておけば、なぜその戦略が選ばれたのか、代替案はなかったのかを後から容易に参照できます。
メリット
- 意思決定の根拠が明確に記録され、後の仕様変更時にも参照しやすい
デメリット
- ADRが増えてくると、検索性が悪くなるため、工夫する必要がある
2. コード内コメント
コード内に残すコメントは、実装の意図や注意点を即座に伝える有効な手段です。
たとえば、JavaのインターフェースにおけるJavadocコメントは、開発者間での理解を深めるための好例です。具体的には、Spring FrameworkのApplicationContextインターフェースでは、各メソッドの役割や使用上の注意が丁寧に記述されています。
メリット
- コードとドキュメントが同一ファイル内に存在するため、変更に伴う更新が比較的容易
- 直接実装と連動しているため、具体的な動作や挙動が明示される
デメリット
- コード量が増えると、コメントが散在して探しにくくなる場合がある
- ドキュメント専用の情報としては検索性が低く、また、コードの更新に伴いコメントの更新が追いつかないリスクがある
- レビューの負荷が高まる
3. READMEやWikiの活用
プロジェクト全体の概要や、セットアップ手順、APIの使い方などをまとめるために、READMEやWikiは非常に有用です。こうしたドキュメントは、技術者以外の関係者や新規参加者に情報を提供する役割を果たします。
メリット
- 全体像を把握しやすく、体系的に情報が整理されるため、検索性が高い
デメリット
- プロジェクトが大規模になると、情報が膨大になり、どこに何が記載されているか分かりにくくなる
- 定期的な更新が行われないと、内容が古くなり、現状と乖離するリスクがある
ドキュメントの性質と管理のあり方
ドキュメントは、その目的や使用シーンに応じて、性質が大きく異なります。ここでは、「一時的な記録」と「永続的な記録」という観点で、ドキュメントの使い分けについて考えてみましょう。
書き捨てのドキュメント
会議のメモやブレインストーミングの際のラフな記録や、簡単な図などは、一時的なものとして役立ちます。意志決定の経緯として参考になる場合もありますが、基本的には揮発させる、つまり正式なものとして保存しないほうがよいでしょう。
記録としてのドキュメント
ADRや公式な仕様書など、長期にわたって参照されるべき記録は、永続的なドキュメントとして扱います。
意思決定の根拠や背景を後からでも正確に参照できるようにすることで、新規参入者のキャッチアップや、仕様変更の意志決定に役立ちます。
現状を説明したドキュメント
たとえば、コードの動作を日本語で記述したドキュメントなどは、殆どの場合役に立たないばかりか、メンテナンスにかかる不要なコストを生み出してしまうことが多いです。
昨今でいえば、生成AIなどを用いてコードを説明させたりすることも容易ですから、付加情報なく現状をただ説明しただけのドキュメントの価値は非常に低いと言わざるを得ません。
結論
ソフトウェア開発におけるドキュメントは、動くソフトウェアを生み出すための補助ツールです。
ドキュメントはあくまで手段であり、その価値は、プロジェクトの背景や意思決定の軌跡を如何に正確に記録し、後の変更やメンテナンス時に活用できるかにかかっています。
各ドキュメント手法には、メンテナンスや検索性といった面でのメリット・デメリットが存在するため、プロジェクトの性質やフェーズに合わせて、適切な方法を選び、継続的に管理することが成功の鍵となります。